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2021.03.11

震災から10年、それぞれの10年、そしてこれから。

東日本大震災から、10年が経ちましたね。ほぼ毎年、この日に風化させないように、ブログを綴ってきました。
(自分の思いを整理する。振り返ることで教訓にするために。)

→震災関連記事 目次  
災害派遣記事・毎年の振り返り、よかったら見てください。


3.11 教訓にできているのかな?と振り返る日。サイレンの音…ドキッとしますね。
あんな経験をしたのに、すごいなと思える方が沢山います。ブレそうになっても、流されそうになっても、戻るのは、あの光景を見たからかもしれません。何かを経験した人ほど、そういうものに流されない軸を持っている。10年です。とある番組で、表面では穏やかにいるけれど、内側での憤りと怒りと悲しみがあると震災を経験した方のお話が印象的でした。

お子様をなくした方が、今も言えぬ傷を語っていました。周りでは、家族や子供の話を面白おかしく話しているが、私は子供の話ができない…><と。表面的に笑って平気そうにふるまっていても、深い悲しみを持っている方は沢山いる。これが現状だと思う。大切なものを失う悲しみ。命だけでなく、家・仕事‥‥思い出…
という喪失感。そして命は元に戻らない…から余計辛いのですよね。でも、そのような経験があるから、他人の気持ちに寄り添えるのも事実。

経験した人にしかその悲しみや教訓を伝えることはできない。聞いた話より、経験者の話は心に響くものだから、それを受け継いで伝えてくれる方も出てくると思います。悲しみ、辛さをなかったものにするのではなく、糧にしていくしかない。亡くなった方にたいしても、忘れるのではなく、そいういうことが供養になると私は思っています。死を無駄にしないためにも。

聞いただけ、画面で見ただけの人と、実際見たり、触れたりした方とは、かなりの温度差があり、そのたび、傷つくことがあるという。10年たっても、何年たっても変わらず、悲しみはあるのですよ。悲しみは消さないといけないって思うから辛い!それだけ大切なものを失ったのですから。悲しむのは当前。思い出すたび涙当前。 それが愛の証で月日や大小ではないですね。自分にとって大切なものだから、悲しい、辛いのであって、それ自体が愛なのだな~と。どうでもいいなら、涙も出ない。悲しんで何が悪い?本当に悲しいのは、忘れられること。(だから、供養というのがある)って住職さんから教わりました。ペットロスを経験しての私の実感でもあります。

本当に大切なものは忘れないものだ!

大きな痛み、心的な傷については、体の痛みよりも、残るのですね。自覚がなくても残っている、体にそれが表れることもある。自分と向き合うとは、そういう部分を労り見ていくこと。自分の体や心と対話すること。その時間がヨガの時間であってほしいなと。少なからず、そう思ってやってきた10年でした。


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お笑いタレントの サンドイッチマンさんの話。

仙台の地元でロケ中の震災。あの津波、浸水を目の当たりにして、、そして、東京へ。。
駅でおりたら、カラオケいかがですか?といわれたという。
誰が悪いでもないけれど、正解不正解もないのだけどね、環境が違うとわからないんだよね。仕方ないのだけど‥温度差。そこに違和感。
ああ、カラオケ開いているんだ、歌っている人がいるんだと思ったといいます。
何かに怒っていて、仙台に戻って、今は笑いではないなと、募金をつのったのだそうです。
自分たちにできることを続けている、サンドイッチマンさんたちすごいなと、思います。
私は、津波を目の当たりにしたわけではないので、その恐怖は正直わかりません。
ただ、多賀城についた瞬間、一変した街並み… 息をのみました。駐屯地の看板は、ここまで浸水したんだという跡。街がなかった…そこから推測しかできませんが、それだけでも、十分すぎるくらいでした。災害派遣から帰ってきて、スポーツクラブでの仕事と思ったとき、…元気に楽しくエクササイズ‥笑顔?なんともそんな気分には…でした><
支援中、家が流され、子連れで、着ぐるみ一つで逃げてきたという女性がいましたいまだに全員が施設にきているとは限らないのだなと、今でも鮮明に覚えています。記事はこちら → 復興の兆し
また、場所の特定はわかりませんが・・津波で流され何もない土地。家の基礎?枠だけが残っていて、更地状態。そこに、歩いてやってくる人たちが沢山いました。辛い光景を見ると、胸の中央?あたりが【ギュ~】っとしませんか? なんて言ったらいいのか…かける言葉も見つからない。なんだかんだ、家がある私…何とも申し訳ないような…気持ち。 →忘れられない光景
こうやって支援に当たれることくらいしかできないが、今自分ができることがそれならば…と皆さんの協力を得て、支援にあたっていた10年前。
そんなこんな、光景を見てしまったからなのか、やはり温度差は大いに感じました。

この10年、それぞれの10年。思いはひとしおです。

福島県では、いまだ地元に戻れない方が多く、各地に散らばっていたりします。全く跡形が亡くなったわけではなく、震災の爪痕は、残っています。だからこそ、忘れないでいられるのかもしれません。

忘れないこと、大切なものは変わらない、悲しみは愛情、そういう価値観を、震災の時から学んできている私たち。 ないものにがつがつせず、あるものに感謝して…と、この日をいつも謙虚に受け止め、初心に戻る日に。それを軸にして行けますように✨

逆境で生まれる力・苦難の中の力=カモミール

地震、水害、コロナと重なる福島、東北地方ですが、正に苦難に負けず、忍耐強さで乗り越えてきて今があります。正に東北魂。カモミールは、あなたを癒すという意味もあるようですよ。

生きとし生けるものが平和でありますように…‥🙏

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主な支援場所:
多賀城・塩釜・七ヶ浜・仙台・東松島・松島・石巻(国際村・小学校(沐浴))(避難所や体育館(物資支援))(七ヶ浜捜索)(部隊勤務)

 

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